大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1958号 判決 1978年3月15日
控訴人・付帯被控訴人(原告)
日達武男
ほか一名
被控訴人・付帯控訴人(被告)
日本通運株式会社
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は控訴人らに対しそれぞれ金七二二万五、六二五円及びこれに対する昭和四六年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人らのその余の請求を棄却する。
二 控訴人らの当審における拡張請求部分を棄却する。
三 本件付帯控訴を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審ともこれを五分し、その三を控訴人らの負担、その余を被控訴人の負担とする。
五 この判決の第一項1は仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は、控訴につき請求を拡張して「一 原判決を次のとおり変更する。二 被控訴人は控訴人らに対しそれぞれ金一、七一七万四、〇九七円(ただし、原審における請求額は金一、四九三万〇、二七八円である)及びこれに対する昭和四六年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を、付帯控訴につき「本件付帯控訴を棄却する。」との判決をそれぞれ求め、被控訴代理人は、控訴につき「一 本件各控訴(当審で拡張した請求部分を含めて)をいずれも棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を、付帯控訴につき「(一次的)一 原判決を取り消す。二 本件を京都地方裁判所峯山支部に差し戻す。(二次的)一 原判決中被控訴人の敗訴部分を取り消す。二 控訴人らの請求を棄却する。三 訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決をそれぞれ求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次に訂正・付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(訂正)
一 原判決二枚目裏一一行目中の「権利を」の次に「各二分の一の割合で」を挿入する。
二 同四枚目表六行目中の「帰責事由」を「うち、被告に自賠法三条による損害賠償責任があることは否認し、その余」に訂正し、同行末尾に「運転者には何らの過失もなく、被害者に重大な過失があつた。」を付加する。
三 同五枚目裏一〇行目中の「(二回)」を削除し、同行末尾の「原告本人日達武男」の次に「(二回)」を挿入する。
(控訴人らの主張)
一 本件事故による損害(原判決三枚目表六行目から四枚目表一行目まで)を次のとおり変更する。
(一) 被害者の得べかりし将来の利益の損失 金三、〇〇三万一、〇二四円
(1) 平均年収入
財団法人労働法令協会の賃金センサス(以下、賃金センサスという)昭和五一年第一巻統計表第一表における男子労働者大学卒の項による現金給与月額は一九万五、〇〇〇円、年間賞与その他特別給与額は八三万〇、三〇〇円であるから、その平均年収入は195,500円×12+830,300円=3,176,300円となり、これに、産業労働調査所の賃金事情一六二〇号(一九七七年六月二五日発行)掲載の労働省調査による民間主要企業の昭和五二年春季賃上げ状況中に公表されている民間企業平均の賃上げ率八・八パーセントを加味すると、
3,176,300円×(1+0.088)=3,455,814円(四捨五入、以下同じ)となる。
(2) 生活費五〇パーセント控除、就労可能年数二二歳から六七歳までとし、新ホフマン式による算出
3,455,814円×0.5×(26.595-9.215)=30,031,024円
(二) 慰藉料 金六〇〇万円
原告一人について各金三〇〇万円
(三) 葬祭費等 金三〇万四、五〇〇円
(1) 葬祭費 金三〇万円
(2) 死体検案書作成料 金一、〇〇〇円
(3) 診断書作成料 金五〇〇円
(4) 死体処置料 金三、〇〇〇円
右費用は原告らが平等負担した。
(四) 弁護士費用 金三〇一万七、一六九円
右費用は原告らが平等負担し又は負担するものである。
(五) 計 金三、九三五万二、六九三円
(六) 損害の填補 金五〇〇万四、五〇〇円
原告らは自動車損害賠償責任保険金(以下、保険金という)五〇〇万四、五〇〇円の支払を受けたので、右二分の一の金額がそれぞれ各原告の以上の損害について填補された。
(七) 差引計 金三、四三四万八、一九三円
原告一人について各金一、七一七万四、〇九七円
二 よつて、控訴人らは請求を拡張し、被控訴人に対しそれぞれ金一、七一七万四、〇九七円及びこれに対する損害発生後の訴状送達の翌日である昭和四六年三月九日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被控訴人の主張)
一 被控訴人は、原審において、運転者に何らの過失もなかつたから、自賠法三条但書により免責される旨主張したのにかかわらず、原判決書には、右主張に関する事実の摘示がなく、これについて判断をした形跡がない。したがつて、原判決は民訴法一九一条に違背して法定最小限度の事実の摘示及び判断を欠き、第一審の判決の手続が法律に違背するから、本件は同法三八九条により原判決取り消しのうえ第一審裁判所に必要的に差し戻されるべきものである。
二 被害者は、加害車の顕著な左折信号を見落し、高いエンジン騒音に心理的危険を感ずることなく、道路交通法三四条五項に違反して、左折中の加害車後方より加害車の左側を直進しようとして加害車の進行を妨げるような行為をしたものであるから、本件事故の発生について重大な過失があり、また、加害車(右ハンドル大型トラツクのキヤブオーパー)は、運転者席が高いため、車の前方や左側方の視野が極めて狭く、サイド・ミラーを付けても運転者からは多くの部位に全く見えない死角が生じ、特に左側に大きな死角のある構造上の欠陥車であつて、本件事故は右死角に関連して発生し、自動車の製造会社又はその監督官庁の過失によるものであり、運転者には全く不可抗力であり、何らの過失もなかつたものである。
したがつて、被控訴人は自賠法三条但書により免責されるものである。
三 控訴人らの前記主張一のうち、原告らが保険金五〇〇万四、五〇〇円の支払を受けたことは認めるが、その余は争う。
幼児の死亡による逸失利益については、幼児が稼働可能年齢に達するまでの養育費を稼働可能年齢に達した後の生活費に準じ総収入から控除するのが相当であり、かつ、その両親の平均余命の範囲内に限り請求できるにすぎないものである。
(証拠) 〔略〕
理由
一 先ず、被控訴人は、原判決が民訴法一九一条に違背して第一審の判決の手続が法律に違背するから、本件は同法三八九条により第一審裁判所に必要的に差し戻されるべきものである旨主張するので、この点について判断するに、被控訴人が原審において運転者に何らの過失もなかつた旨主張したことは記録上明らかであり、原判決の事実摘示に右主張に関する記載のないことも明らかであるが、原判決はその理由中において運転者に過失があつたことを認定していることが明らかであり、右程度の記載の欠缺は当審において職権又は申立により補正の余地があるから、原判決は民訴法一九一条に違背するものではなく、したがつて、第一審の判決の手続が法律に違背するものでもない。
したがつて、被控訴人の右主張は採用することができない。
二 本件事故の発生と帰責事由
1 加害車の惹起した本件交通事故(ただし、事故の態様を除く)により被害者(当時一〇年)が死亡したこと、被控訴人が加害車の運行供用者であることは当事者間に争いがない。
2 被控訴人の免責の抗弁について
被控訴人は、自賠法三条但書の免責要件の一つとして、加害車が左側に大きな死角のある構造上の欠陥車で、本件事故は右死角に関連して発生し、自動車の製造会社又はその監督官庁の過失によるものであつて、運転者にとつて不可抗力である旨主張するけれども、右死角は運転者が注視義務を尽くすことにより容易に解消し、安全運転が可能であるから、加害車は構造上の欠陥車ではないのみならず、後記認定のとおり、本件事故は運転者において加害車に右死角のあることを知悉していながら、運転上当然要求される注意義務に違反したことにより惹起されたものである以上、自動車の製造会社又はその監督官庁に右死角の改善解消策をたてることが望まれるとしても、本件事故が不可抗力によるものとは到底解することができない。
そこで、被控訴人主張のように、本件事故の発生について、被害者に重大な過失があり、運転者に何らの過失もなかつたものであるかどうかの点について判断する。
成立に争いのない甲第三号証、第四号証の一ないし六、第五号証、第八ないし第一〇号証、第一四ないし第一六号証、第一七号証の一ないし一二、第一八号証、第一九号証の一ないし六、第二〇号証、第二一号証の一ないし七、第二二第二四第二五号証、第二六号証の一ないし二二、第二七号証の一ないし六、第二九号証、第三〇号証の一、二、第三一ないし第四〇号証、第四一号証の一ないし四、第四三号証の一、二、第四四ないし第四六号証、原審証人塚田健一の証言(一部)、原審における控訴本人日達武男の供述(第一回)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 本件事故発生の交差点(以下、交差点という)は、南北に通ずる幅員約九・〇六メートルのアスフアルト舗装道路(以下、南北道路という)と、東西に通ずる幅員約八・七五メートルの同舗装道路(以下、東西道路という)とがほぼ直角に交差し、その四隅が隅切りされて鉄製のガード・レールが設けられているため、南北道路の交差点北側で約七・六一メートル、東西道路の交差点東側で約八メートルの有効幅員となつており、各道路とも歩車道の区別がなく、交差点の直前には四方とも横断歩道が設けられ、交差点は信号機により交通整理が行われていた。
(二) 被害者は、五歳位から自転車に乗つていてその運転に熟練するとともに、常に規則正しい運転をし、本件事故前は一度も交通事故にあつたことがなかつた。
被害者は、本件事故当日、小学五年の男子であつて、算盤塾から自宅に帰る途中、足踏自転車を運転して、南北道路を南進し、交差点を北から南へ直進しようとしていたものであるが、加害車が後記のように交差点の北側で信号待ちのため停止した時点では、既に、交差点北側の横断歩道の東端付近に停止していた。
(三) 加害車は、日野キヤブオーバー型、右ハンドル、車長七・四メートル、車幅二・四七メートル、車高二・七三メートル、車量重量八・一六トン、最大積載量一一トン、前輪二軸、後輪ダブル・タイヤで、左前側部から左前部にかけて相当大きな死角のある大型貨物自動車であるが、運転者は、平素の運転経験から右死角のあることは十分承知しており、合理化車両の関係上運転助手なしで、事故当日午前三時頃から加害車を運転して、岡山まで硅砂を運搬し、その帰途網野で砂利を満載(〇・七四トン過積み)して被控訴人峰山営業所まで帰る途中、南北道路を南進、交差点を左折して東進しようとし、交差点の手前約五〇メートルから方向指示器による左折の合図を継続し、信号待ちのため、一たん、交差点北側の横断歩道の約一メートル手前に停止したが、その際、交差点で左折の場合やや大廻りしなければ廻り切れない状況にあつたことから、道路のセンターラインに接近して、また、被害者を見落し同人を加害車の死角に入る状態のまま、被害者の右側に加害車を停止した。
(四) 交差点の信号が進めの信号に変ると同時に、運転者は、被害者を見落したまま加害車を発進し、時速約八キロ・メートルで被害者の自転車と併進して交差点に進入し、左折を開始した直後に、直進中の被害者の自転車のハンドル右先端に加害車の左前側部を衝突させて、被害者を自転車もろとも左側路上に押し倒し、加害車の左右前輪の間に巻き込み、続いてその後輪で轢過したため、被害者は脳挫滅によりその場で死亡した。
原審証人塚田健一の証言のうち、右認定に副わない部分は信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、本件事故は、運転者が加害車に死角のあることを十分承知しながら、左側方注視義務を尽くさなかつたことにより、加害車の左側を併進する被害者を見落したまま交差点に進入し、かつ、加害車の左側に直進車がないものと軽信して左折を開始したことにより発生したものと認められ、加害車が左折の方向指示を継続していても、その左側を直進する被害者の自転車が進めの信号に従つてそのまま直進することは、交通法規上何らの妨げもなく、むしろ、加害車が被害者の自転車に進路を譲るべきものであるから、本件事件の発生について運転者には過失があるも、被害者には何らの過失もないといわなければならない。
したがつて、被控訴人の免責の抗弁は理由がないから、被控訴人は自賠法三条に基づき本件事故により被害者及び控訴人らの被つた後記損害を賠償すべき責任がある。
三 損害
1 被害者の逸失利益とその相続金一、二一五万一、二五一円(円未満切捨、以下同じ)
事故により死亡した幼児の得べかりし利益を算定するに際しては、諸種の統計表その他の証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して、できるかぎり客観性のある額を算定すべきものであるが、当裁判所は、近年労働者の平均収入が年毎に増加している顕著な事実に鑑み、弁論終結時ないし判決言渡時に公表された最新の賃金センサスによる男女別全労働者一八歳ないし一九歳時の平均給与額(いわゆる初任給)を基準収入とし、一八歳ないし六七歳を就労可能年数として算出した総収入から、生活費としてその五〇%を控除し、養育費を控除しないまま、ホフマン係数により中間利息を控除して、その現価を求める方式をもつて相当と認めるので、右方式により被害者の逸失利益の算定を行うこととする。
(一) 平均年収入
賃金センサス昭和五一年第一巻統計表第一表における男子全労働者一八歳ないし一九歳時の平均給与額(いわゆる初任給)は、現金給与月額九万一、二〇〇円、年間賞与その他特別給与額一二万〇、三〇〇円であるから、その平均年収入は、91,200円×12+120,300円=1,214,700円となる。
(二) 生活費五〇パーセント控除、就労可能年数一八歳から六七歳までとし、ホフマン係数による算出
1,214,700円×0.5×(26.595-6.588)=12,151,251円
(三) 控訴人らが被害者の両親で、相続により被害者の権利を各二分の一の割合で承継したことは当事者間に争いがない。
2 慰藉料 金六〇〇万円
原審における控訴本人日達武男の供述(第一回)によると、控訴人らが本件事故による被害者の死亡によつて多大の精神的苦痛を被つたことが認められ、前記認定の本件事故の態様その事他一切の事情を斟酌すると、右慰藉料は各控訴人についてそれぞれ金三〇〇万円をもつて相当と認める。
3 葬祭費等 金三〇万四、五〇〇円
原審における控訴本人日達武男の供述(第二回)並びに弁論の全趣旨によると、控訴人らは、被害者の死亡により、その葬祭について、死体検案書及び診断書の作成料並びに死体処置料をも含め、金三〇万四、五〇〇円を下らない費用を平等負担して支出したことが認められる。
4 被控訴人の過失相殺の主張について
被控訴人は被害者側の過失を斟酌して本件損害賠償額を算定すべきである旨主張するけれども、前記二2認定の事実関係によれば、本件事故は専ら運転者の過失によつて発生したもので、被害者に道路交通法三四条五項違反の事実もなく、その他被控訴人が被害者の過失として主張する事実はこれを認めるに足りる証拠はなく、さらに、被控訴人が両親の過失として主張する点は、主張自体監督義務者の過失とは認めえないものであるから採用することができない。
5 損害の填補 金五〇〇万四、五〇〇円
控訴人らが保険金五〇〇万四、五〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、右二分の一の金額がそれぞれ各控訴人の以上の損害について填補されたこととなる。
6 差引小計 金一、三四五万一、二五一円
7 弁護士費用 金一〇〇万円
原審における控訴本人日達武男の供述(第二回)並びに弁論の全趣旨によると、控訴人らは控訴代理人坪倉一郎弁護士に本訴の提起及び追行を委任し、同弁護士に費用を含む着手金として金一〇〇万円余りを平等負担して支払つたことが認められ、本訴の難易、本判決による認容額、その他一切の事情を斟酌すると、被控訴人に負担させるべき弁護士費用は金一〇〇万円をもつて相当と認める。
8 合計 金一、四四五万一、二五一円(控訴人一人当り金七二二万五、六二五円)
四 してみると、被控訴人は控訴人らに対しそれぞれ金七二二万五、六二五円及びこれに対する損害発生後の訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和四六年三月九日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を免れない。
五 以上の次第で、控訴人らの請求は右認定の限度では正当であるからこれを認容し、その余は当審における拡張請求も含めて失当として棄却すべきところ、これと結論を異にする原判決は一部不当であつて、本件各控訴はいずれも一部理由があるから、民訴法三八六条により原判決を変更し、控訴人らの当審における拡張請求部分を棄却することとし、また、本件付帯控訴は理由がないから、同法三八四条によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九二条九三条九六条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤平伍 仲西二郎 山本矩夫)